私はフェルメール ~20世紀最大の贋作事件~(後編)
↑これは、本物のフェルメールの作品
「私が描いた!」
いきなりこんなこと言われても、俄かに信じられるわけがありません。法廷で、実際にメーヘレンに描かせてみると、15分程度で精巧な絵を描き、実証してみせました。彼曰く、「ゴッホ?ピカソ?あんなもの簡単だ。難しいのは、フェルメールだ!」と賜ったとか。
ところで、フェルメールの有名な『真珠の耳飾りの少女』又は『青いターバンの少女」とも呼ばれている、例のウルトラマリンブルーですが、かの時代、画家は自分で絵の具を作っていたそうです。では、あの青い原料は何か知ってますか?鉱石のラピスラズリーなんです!
高値だったそうですが、芸術のため、すり潰して絵の具にしたからこそ、ウルトラマリンブルーとまで賞賛される色合いになったわけですね。
メーヘレン本人の話しに戻りますと、一夜にして、売国奴から英雄になったわけですが、詐欺罪は免れませんでした。元々、彼はナチスを騙すために贋作作りをしたのではなく、自分を酷評する美術評論家への復讐で始めたのです。彼は、画商ではなく、やはり画家として名声を望んだのですが、『個性が無い』とけなされ、芽を摘まれてしまったのです。復讐は、徹底していました。評論家の妻を横取りして我が妻にし、法廷で評論家に罠を仕掛けたのです。つまり、ナチス即ちゲーリング元帥に売った絵は本物のフェルメールであり、売った画商のメーヘレンは売国奴である、と評論家は元妻を獲られた憎しみも加えて攻撃してきました。これこそ、メーヘレンの思うツボでした。国民が注目する法廷内で、売国奴の汚名を晴らすと共に、残していた証拠を提出し、評論家を失墜させることができたのですから!かなりハショリましたが、これぞ20世紀最大の贋作事件の顛末です。
面白いのは、メーヘレンの贋作で最高傑作と言われている『エマオの食事』の絵画です。ボイスマン美術館に所蔵されていましたが、出来栄えが素晴らしい!として、堂々贋作として、当美術館に展示され続けていることです。
↑これは、メーヘレンの贋作の最高傑作「エマオの食事」
この感覚、どこかで味わったな?と私は思いを巡らせました。
あれだ、ドラえもんだ!と私は思い出しました。ドラえもんの最終回というのを知ってますか?
実際、故藤子不二雄F先生は最終回というものは描いていません。しかし、絵の上手い、熱烈なファンでしようが、勝手に最終回の話しを作り、匿名で発表してしまったのです。本来、故人を冒涜するものだ!なんて批判があがるのですが、もし、故人だったらこんな展開にしていたかもね?!当たらずとも遠からずかな?ニセモノとわかっていても、感動した!的な評判がたちました。電池の切れたドラえもんはただの人形になってしまい、のび太は悲しみますが、現代科学では太刀打ちができない。ならば、自分が優秀な科学者になって、ドラえもんを甦らそう!と、劣等生ののび太は、死にものぐるいで、超エリート学生、科学者へと変貌しました。やがて数十年が経ち、大人になったのび太は、完成した最新電池をドラえもんに施します。ピクリ!と動いたと思ったら、ムクリと起き上がり、「のび太君、宿題やったの?」その懐かしい言葉に、涙を流しながら、ドラえもんに抱きつき、再会を果たすのび太・・・。ニセモノでありながら、高い評価を得ているのは、作品の構成以上に、作者と作品に対しての愛着を感じさせるからにほかありません。今回、参考にした講談社刊
「私はフェルメール」フランク・ウィン著のエピローグに、こんな一文がありました。
サムュエル・バトラーの言葉の引用で
『どんな馬鹿でも、絵は描ける。しかし、それを売るには賢い人が必要だ』
中身が無くても、演出で賞賛されもするし、
演出が無くても、本物の迫力で人を感動させるときもある。
・・この世は、難しいですね。
をはり
どんな馬鹿でも絵は描ける。しかし、それを売るには賢い人が必要だ。
サミュエル・バトラー