ある女の命日

高級ナイトクラブにて(イメージ)
大昔、私が若い頃です。私は高校を卒業したら、ある資格を取得して、オーストラリアに永住しようと計画していました。が、挫折し、夢破れて今後の目標が定まらない時期がありました。21歳くらいでしたか、本当にやりたい事も、生活の糧になる整体にも、全く縁が無い時でした。半ばヤケにもなり、全く違う世界で社会勉強しようと思い立ちまして、新宿歌舞伎町の高級ナイトクラブで働く事になりました。当時は真剣に模索していたのです。
本当に高級で、あの当時で、座っただけで一人2万5千円は取られました。外見は優雅な仕事に見えますが、中々厳しい!オーナーママがトップで、下が店長・次長・マネージャー・主任、そして、最下層のボーイとして、私は入店しました。白衣ではなく、黒服ですね。辞める時は、マネージャーまでやってましたが・・。店の電話は、どんな状況でも3コール以内に出る事。40度以下の熱は、風邪と認めないので、休まない事。ママの客は特に大事なので、枝葉(お連れのお客様)の顔も、好みも一回で暗記する事。わずかな休憩時間も、手が空いてるのなら灰皿を拭いとけ!と言われる。つまり、1秒も休めず、背中どつかれながら仕事しました。後で分かったのですが、歌舞伎町でもかなり厳しい店だったらしく、もっと厳しい店は、竹刀で叩かれる、なんて事も耳にしました。3ヶ月が過ぎ、何とか最低ラインの仕事も覚え、認めてもらえるようになりました。いつまでも、続けるつもりはありませんでしたが、上に行くには、更なる仕事を覚え、力をつけなくてはなりません。どんな世界でも、生きていくのは大変なんだと教えられました。
そんな、一段落したある日の事。いつものように掃除、セッティングも終わり、どれ、一服しようとソファに腰掛けました。開店前の、唯一安らげるひとときです。6時になり、ホステスのA子、B子が出勤してきました。売り上げが低い順に出勤してくるのです。A子は器量はいいのですが、感情的で、気に入ら無いお客には、愛想が悪く中々売れない。B子は明るいけれど、メイプル超合金に近い風貌は、やはり不利な体型でした。この時間、いつも街にスカウトに出掛けている次長が、どういうわけか店におり、機嫌もいい。広いソファで、4人仲良く談笑していたら
「・・こんばんは」
店の入り口の方で女性の声が聞こえました。
「おい、誰か来たみたいだぞ」
次長の言葉に促されて、私は
「あ、は~い。なんでしょうか?」
と入り口に向かいますが、誰もいない。すぐドアを開けて左右を見渡してもそれらしき人影は無い。
変だなぁと思いつつ、次長に報告すると
「確かに聞こえたよなぁ?」
と、やはり不思議そうな素振りをする。突然、B子が
「ねぇ、今日恵美ちゃんの命日じゃない?」
私を抜かして3人は、暗い顔して頷き合う。
何ですか?と私が聞くと、1年前、この店で働いていた恵美というホステスが、自分のマンションから、飛び降り自殺をしたとの事。
「原因がわからないのよ、遺書も無かったし。明るくて良い子だったんだけど」
とA子が話す。
私が
「ホステスが、お早うございますじゃなくて、こんばんはって言うのも変ですね?」
それもそうだなと、3人は軽く笑ったその時!
自分だと、存在を証明するかのように、弾き語りの先生が置いてあるギターの弦が、
ビーン!
と音を立てて切れたのです。
A子とB子は、揃ってキャ~ッと悲鳴を上げました。
さすがの次長も緊張した顔で
「やはり、恵美が来たんだな・・」
と呟きました。
しばし、しめやかに緊張した空間も、やがて接客が始まるや、情緒を許さぬ喧騒にかき消されていきました。
不思議な話し をはり
☆男性用ブログにも、違う話しがアップされています。ご興味あればどうぞ。